トップ画像引用元:津軽三味線教室
瞽女の小林ハルさんのステレオドキュメンタリーの音源を偶然見つけ再生した。
瞽女(ごぜ)とは、盲目の女芸能者を指し、三味線を弾き歌い全国を旅して周る。生後まもなく視力を失った彼女は、 瞽女として生きる選択をする。 当時目の見えない人にとって食べていく選択肢は非常に限られていた。
“目が見えないのが一番悪いんだ”…最後の瞽女・小林ハルの生きた道
彼女の人生は多くの波乱に満ちていて、目の見える私からしてみると想像を絶する苦しみに溢れていたように思う。
「目の見えないのが一番悪いんだ」
彼女はこの言葉を何度も口にし、目の見えない自分を責めた。
次の世は虫に生まれたってかまわない
“目が見えないのは誰のせいでもない。誰のせいにもせず、例え他人から酷い仕打ちがあっても、耐えて耐えて、我慢してきた。そうすれば来世にはきっと明るい世界が待っている。目が見えるなら、虫に生まれたって構わない”
彼女はそんな言葉を番組の最後に残した。
“目の見えないこと”は彼女にとっての“業”だったのであろう。
それは、目の見える私たちからすれば、普通の人の抱える“業”よりも大きく、絶え難いものに思えるかもしれない。
しかし、目が見えても、見えなくても、平成に生まれようと、昭和に生まれようとも、私たちは何かしらの生きる苦しみの源を背負って生きている。
その苦しみの程度を、大きい・小さいといった尺で測るのはあまりに安直で、きっと私たちは私たちが背負っていかねばならないだけの苦しみを抱えて生まれてくるのだ。この“業”を他者のせいにしたり、投げ出したりしまえば、その業はきっとまた繰り返される。
奄美大島で唄われる民謡の中に『あはがり』という唄がある。朝崎郁恵の歌うことで知られるこの曲は、“この世は神様からいただいた仮の世、いつまでとどまって居られましょうか”という一文から始まる。
小林ハルさんは、“来世では目が見えるように”と或る意味この現世を悲観視していた。しかし、一方で、彼女は己の抱える業と真正面から向き合い、苦しみ、神様に与えられたこの仮の世を精一杯生き抜いてきたのだろう。
物語の途中で三味線の音が鳴り始めると、彼女の心の聲が聞こえてくるようで、涙が自然にこみ上げ止まらなくなった。彼女の人生など私が知る由もないのに、どう分類していいか分からない感情が溢れだしてきたのだ。彼女は生きるのに不器用で、もっと生きやすく生きる方法は他にもあったことだろう。
それでも、彼女の生き様は、かっこいいなんていう陳腐な単語で言い表すのが憚れるほど、己の人生をちゃんと生きていた。
彼女の唄は、霧で覆われていた私の視界に一筋の光となって届いた。
あなたはこの問いにどう答えるか?
このドキュメンタリーを聞いた後、私は或る問いにどう答えたらいいか分からなくなった。
今まで私は自分の子供が欲しいなどと思ったことは無いので、このような機会に遭う可能性は少ないかもしれない。
「もし生まれてくる子供に障害があるとわかったら、産むか、産まないか?」
貴方はこの問いにどう答えるか。
私は以前は「産まない」と答えた。生まれてくる子がその後の人生で苦労することが目に見えている、と考えたからだ。
しかし、このハルさんの話を聞き、もしその子が背負うべきものを抱えて生まれてきたならば…私は神ではないのに、生む・生まないの判断を出来る立場にないのではないかと。
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