「今」を生きる

人工知能時代に外国語は学ばなくていい?便利な時代だからこそ、自分の言葉を大事にしたい

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グローバル化が進み、国や人種、言語の境界線が曖昧になってきている現代。これからの時代、英語をはじめとした外国語を使えることは必須とされてきましたが、翻訳技術が発達し、これからは語学を学ぶ必要も無いとも言われています。それなら、今わざわざ外国を学ぶ必要性って無いのかも?

 

翻訳ツールが開発されれば、外国語を学ばなくても良い?

こんにちは。

以前大学のゼミで「将来性能の良い翻訳ツールが開発されたら、外国語を学ぶ必要がなくなるんじゃない?」というトピックについてディスカッションしたのが印象に残っています。

結論を言うと、私は、それでも外国語を学んだ方が良い、むしろ、そういう時代だからこそ外国語は話せた方が良いと思います。

今日は、このトピックについて考えたことをまとめてみたいと思います。

こちらの記事で、私がゼロから英語を日常会話レベルまで上達させた方法をまとめています。お金もかけず、誰でもできる簡単な方法です。どうぞこちらも参考にしてみてね。

 

ごちゃまぜ社会

現代において、国と国の境というのは非常に曖昧になってきています。

インターネットが普及したおかげで、全世界、地球の裏側の人とも簡単に繋がることができるようになりました。だから、ビジネスにおいても、プライベートにおいても、国や言語、人種、そういうものが凄くごちゃまぜな社会になっている。

私が子供の頃は、普段外国人を見かけることがほとんど無かったから、街でたまーに見かけると興味津々でした。でも、最近は大都市に行けば行くほど、色んな国の人を見かけます。東京なんかに行くと、もう外国人がいる光景は当たり前ですよね。

 

だから最近は日常生活の場面でも、英語を使う場面が自然と増えてきたように思います。

ファストファッションのアパレルショップでアルバイトしていた時は、お客さんに外国人観光客が多かったから、英語での接客をよく任されたり、大学の国際交流系のイベントを運営したり。個人でやっているSNSも多分半数ぐらいが海外のフォロワーさん。ここ数年で、日本人以外の友達がぐんっと増えた。

元々英語が好きだったから、英語を使える機会に積極的に赴いていたというせいもあるかもしれません。

 

急速に発達するテクノロジー、翻訳ツールも例外ではない

でも、テクノロジーが急速に発達してきて、機械が翻訳してくれるようになったので、必ずしも英語をはじめとした外国語を学ぶ必要は無くなりました。今後は更に性能の良い翻訳ツールが確実に世に出てきます。

現に、海外旅行先で使える音声認識の翻訳アプリがリリースされたり、あれだけ違和感のある日本語訳しか出来ていなかったGoogle翻訳の性能も、最近では本当に自然な訳をしてくれるようになりました。

人工知能がさらに発達すれば、私たちが話すのと変わらないくらいのレベルで翻訳してくれるツールが、近い将来利用できるようになるでしょう。

 

機械が人間に取って代れないもの

でもね、どんなにテクノロジーが発達しようと、私は機械が絶対に人間にとって代れないものってあると思うんです。

それは何かというと、「あなた」。

具体的には、会話を通して、その人が作りだす表情とか、感情、言葉の言い回し表現、沈黙のタイミングとかです。

 

多分聞いたことがある人も多いと思いますが、人間のコミュニケーションにおいて、言語によって伝わる情報はたった7%しか無いんです。

感情や態度について矛盾したメッセージが発せられたときの人の受けとめ方について、人の行動が他人にどのように影響を及ぼすかというと、話の内容などの言語情報が7%、口調や話の早さなどの聴覚情報が38%、見た目などの視覚情報が55%の割合であった。

メラビアンの法則 – Wikipedia

え、あんなに喋っても言葉ってそんなに伝わらないの!?じゃあ尚更外国語を学ぶ必要は無いじゃん!と思いますよね。

でも、よーくこのメラビアンの法則について考えてみてください。言葉によって通じる部分は本当に7%でしょうか?

言葉を話すということは、勿論単語や話の内容それ自体を指すこともあるけれど、あなたの話し方や、声、顔の表情も含まれます。そう考えると、翻訳ツールは先の言語情報の7%を担ってくれるけれど、後の聴覚情報と視覚情報の90%くらいの部分については、多分そうではない。

翻訳ツールは、様々な人のデータを集めて、誰にでも分かりやすい訳を作り出してくれる。でもそれって、考えようによっては、世の中の人が話す平均的な言葉に過ぎない

機械が作り出す翻訳には、あなたの「個性」がすっぽり抜け落ちちゃっているんですね。

 

相手を知ることは、自分を知ってもらうための第一歩

海外旅行先でのお店や、ちょっと街で現地の人と会話しなきゃいけなくなった時、翻訳ツールは凄く役に立ちます。レストランのメニューもカメラをかざすだけで、日本語のメニューに早変わりしちゃうし、日本語でスマホに話しかけたことも3秒くらいで、そのまま現地の言葉に訳してくれる。

こんなに便利なアプリがあると、外国語を無理して習得しなくても良いかなー、という錯覚に陥ります。

でも、いつも後悔することがある。

それは、せっかく人との出逢いがあっても、言葉という壁があるせいで、相手が本当に何を考えているのが分からなかったり、自分を深く知ってもらうことも出来ないこと

確かに機械は、その人が言っている内容は訳してくれるけれど、その人自身が発したありのままの言葉を伝えてはくれません。

それは、私がその時にしか聞くことが出来なかった言葉だし、私が言葉を話せないというだけで、そういう機会をまるまる捨てちゃうのが凄く勿体ない。あの時私がもう少しその言語を知っていたら、もっと仲良くなれたのに…そんな経験が多々あります。

やっぱり人間の言葉は、人間のためにあるもの。人間が話したり、聞いたりするためにあると思うんです。

 

まとめ:語学は手段に過ぎないと言うけれど…

言語は目的を達成するのための手段に過ぎない、そう考える人も多いと思います。私も以前は同じ考えでした。

確かに、英語を話せることよりも、英語で何を話すのかの方がはるかに大事。だから、その目的を一番に優先させるべきだと思います。

一方で、所詮言語は手段でも、その手段さえも使えなければ、目的にたどり着くことは到底できません。きっと、この目的は人によって異なるから、自分の目的を考えて、必要ないと感じれば、わざわざ手間をかけて語学を学ぶ必要も無いと思います。

私は、人との出逢いを大切にしたいし、自分の好きなことや得意なことを誰かに知ってもらい、仕事にしたいと思っています。そのために、今はそれを伝える手段が必要です。語学はその手段の一つだと思っています。

自分が普段SNSで海外のフォロワーさんと話していると、日本語だけでは知りえなかった世界がそこには広がっていて、そういう時に「自分は英語が分かる人間で良かった」とつくづく思います。そういう出逢いがどんどん広がって、もっとワクワクすることを広げていきたい。

テクノロジーが発展して、人との繋がりが希薄になりがちな社会だからこそ、人間として基本的な「コミュニケーション」がもっと重要視されてくるのではないかな、と思います。

だから、私はこれからも自分が話す言葉と向き合って生きていきたいと思っています。

 

-「今」を生きる

mayu

自分らしく生きることをモットーに。

デンマークへの一年の交換留学を経験。絵を描いたり、デザインしたり、文章を書いたり、何かを一から創り上げたり、表現するのが好き。趣味で絵やデザインの仕事をちらほら。