「今」を生きる

“いいね!”の裏に隠された心の飢え…IT社会が次に求めるのは人を精神的に幸せにさせる“無駄”な商品だ

投稿日:2018-02-19 更新日:

 ITの進歩によって世の中は便利になった一方、こんなに人とすぐに繋がれる時代なのに一人一人が大きな孤独を抱えている。日本で多くの人々がSNSの“いいね!”を得るのに必死になっている理由に、ITが生み出したそんな心の飢えがあるように思えます。心に飢えた現代人が今本当に必要としているモノは何なのか、を考えていきます。

 

 

 

ITは便利な世の中を実現したが、人の心の飢えを生み出した…そんな社会で今必要とされているモノとは?

日本でこんなに「いいね!」が流行るワケ

近年スマホの急速な普及によって、誰でも簡単に情報を受け取ることも、発信することもできるようになりました。特に日本では多くの人々がTwitterで何気ない日常の呟きを残したり、Instagramに可愛いスイーツを載せてシェアしたり…とインターネットの存在がコミュニケーションの大きな柱となっているのは否めません。

 

人はどうして情報を発信する?

人はどうして情報を発信しようとするのでしょうか。

 

企業にとって情報発信することのメリットは大きいように思えます。

写真や動画を文章と共にサイト上に載せることによって、お客さんにわざわざお店に来てもらわなくても商品を見てもらうことが可能になりますし、SNSはより多くの人に自社製品を知ってもらうためのツールとしても非常に有効です。

しかし、今では企業が商品の情報を発信するだけでなく、私たち個人もプライベートの情報を発信するようになっています。個人が情報を発信するのには、どんなメリットがあるのでしょうか?

 

情報を発信することで得られるメリット

 

  • 有益な情報が集まり共有されることで生活がさらに豊かになる

  • 人々に認められたいという欲求を満たすことができる

 

私たち個人が情報を発信して得られるメリットは上のようなものが挙げられます。

 

一つ目の有益な情報が集まり共有されることで生活がさらに豊かになるは、フリーソフトや食べログなどのレビューサイトが良い例です。

 

無料でプログラムファイルやプログラムソースがダウンロードでき、誰でもそのソフトを使って新しいサービスを開発することができます。

ゲームなどは良い例で、土台のソフトだけ使わせてもらって後は自分がプレイしたいゲームを作り、それをまた公開することで、他の人にもそのゲームを使ってもらえます。

オープンソースにすることで、もしそのプログラミングにミスがあっても「このコードを使った方がいいよ!」と、他の誰かが指摘してくれる…そうするとソフトに改良が重ねられ、さらに性能の良い新しいソフトが生まれやすくなるというものです。

食べログに関しても同じで、人々がお店のレビューを書き込むことで、簡単に美味しいレストランを探すことが可能になりますし、お店側もレビューを見てお店の改善点が分かるようになります。

 

 

二つ目の人々に認められたいという欲求を満たすことができるは、TwitterのふぁぼやInstagramのいいねが良い例です。

人には、集団に帰属していたい、自分の存在を認めてもらいたい…という社会的欲求が備わっており、TwitterやInstagramといったSNSがこういった欲求を満たすためのツールとしての役割を果たしています。

SNSを使っていると、見知らぬ他人でも簡単に自分の趣味に合った友達がつくれますし、そういった人脈が広がっていくと不思議と自分がそのコミュニティに存在しているような感覚になります。

また、ギャグを交えた呟きに多くのふぁぼがついたり、お洒落な写真にいいねがついたりすれば、「面白いやつと思われたい」「センスのある人と思われたい」という欲求が満たされたような、何とも言えない快感がありますよね。

 

 

日本人はコミュニケーションのために情報を発信する

情報を発信するとなると、何か目的を持って伝えたい!という人(例えばジャーナリストやキュレーター、ブロガーなど)と、特に意味は無いけどなんとなくシェアしたい(プライベートのブログやSNSなど)という2つのタイプに分かれると思います。

前者のような情報発信を目的型情報発信、後者を非目的型情報発信と呼ぶそうですが、日本においては後者の非目的型が圧倒的に多いんですって!

 

勿論前者のような情報発信をしようとした場合、色々なことを調べて長々と文章を書く必要があるという点も大きいのですが、それでも他の国と比べて日本では、一般人で日常を発信している割合が高いという理由に、日本人は同質性の高い国民ゆえ、そこでハイコンテクストなコミュニケーションが生まれやすいことが考えられます。

 

私小説的な日常の垂れ流しの中から、そこにあるちょっとした差異を楽しむというのは、濃密な同じ環境を持っている人間の集団、ハイコンテクストな人たちでなければできないことです。例えば、ガンダムマニアたちが各話の作画の違いを語ったり、その背後の歴史との関連から読み解くといった、ハイコンテクストなコミュニケーションが日本にはあったおいうことだと、私は考えています。

尾原和啓 ITビジネスの原理

 

ハイコンテクストなコミュニケーションとは、日常のありふれた情報の中にある、ちょっとした違いを楽しむためのコミュニケーションという意味です。

日本人は「人と同じ」を好む傾向が高いような印象を受けますが、自分と同じような価値観や趣味を持った人たちとの会話の中で、自分が知らなかった話題が出てきたり、同じものを見ていても相手と考え方が少し異なっていると、話も盛り上がったりするものです。

そして、それを伝えるときのニュアンスのバリエーションも日本にはすごく多い。笑い一つにとっても、LINEのスタンプの表情は微妙に異なっているし、語尾にしても「笑」「(笑)」「w」と使うものによって一つ一つ与える印象が違ってきます。

それが、例えば多種多様な背景を持った人々が集まるアメリカではどうかというと、相手の文化背景や生活基盤がそれぞれ異なっているために、わたしたちが普段使っているようなニュアンスというものは伝わりにくいのです。

 

ハイコンテクストな文化というのは、同じ共通基盤、コミュニケーションの共通基盤があって成立するものです。共通の基盤があるから、その共通部分はあえて言葉にする必要がない。つまり阿吽の呼吸で説明できるし、またそれを楽しむことができるのです。

ところが、アメリカという移民国家、多民族、多宗教国家の中では、共通基盤が作りにくい。だから阿吽の呼吸が成立せずに、「阿」はこういう意味です、「吽」はこういうことです、といちいち説明しなければいけない。つまりローコンテクストにならざるを得ないのです。

尾原和啓 ITビジネスの原理

 

これはハイコンテクストが良い、ローコンテクストが悪いというのではなく、アメリカにはアメリカにあったコミュニケーションのスタイルがあって、それと同様に日本には日本に合ったスタイルがあるということです。

こうやって比較してみた場合に、日本人の多くがさな違いーそれも多くがわざわざ言葉にしなくても自然と理解してくれるようなものーをシェアするためのコミュニケーションを大事にしているのだと言えます。

 

 

これからは物ではなく“物語”を売る時代

日本人はコミュニケーションのために情報を発信していると先ほど述べましたが、それがこれから日本でどのような商品やサービスが求められてくるかのヒントになっている気もします。

インターネットの普及によって物の価格などをすぐ調べられるようになった今では、安く仕入れて高く売るというビジネスのスタイルは通用しなくなってきています。また、個人がAmazonのような大手企業に価格で対抗しようと思ってもとても無理があります。

と考えると、これからは単に物を売るだけのビジネスモデルは成り立ちません。

 

モノを買うというのは、ただ品物を買っているだけではなくて、その商品にまつわる物語を買っていたり、売っている人との関係性を買っていたりすると思うのです。その関係性を手に入れたとき、人はもっと幸せになれるし、インターネットというのは、それを実現できる力を持ったツールであるはずだ、と思うのです。

尾原和啓 ITビジネスの原理

 

この本でも述べられているように、これからは、物+αの体験の必要性を私自身強く感じています。

 

 

安くて美味しいドトールよりも、古い喫茶店に珈琲を飲みに行きたい

私はよくコーヒーを飲みますが、美味しいコーヒーを飲むならチェーン店のカフェに入ればいいだけです。200円そこらで注文してすぐに本格的なコーヒーが飲めます。コンビニなんかでも今は100円でコーヒーが手軽に買える時代になりました。

 

それでも私はチェーン店のカフェよりも個人経営の喫茶店に行ってコーヒーを飲むほうが好きです。(別にドトールがダメと言っているわけではないので、ここの部分を誤解しないでください)

 

値段はチェーン店の倍以上もしますし、注文してコーヒーが運ばれてくるまでも時間がかかる、立地も駅から離れていることも多い。

でも、喫茶店に行くと、その内装やお客さんの層によってお店の雰囲気がガラリと変わります。マスターのブレンドの好みによってコーヒーの味も酸味が強かったり、苦みが強かったりと味にも違いがある。

そして、小さなお店だと他のお客さんと雑談をしたり、帰り際にマスターと少しお話をしてからお店を出たりする…上手く言えないけれど、こういう些細な出来事ってチェーン店で通常のコーヒーに払う200円の倍の値段を払っても買えない体験なんですよね。

 

 

“無駄”は無駄であっても、無意味ではない

これはコーヒー以外にも言えることで、インターネットはそういうちょっとした違いを求める人同士をうまく結びつけられる可能性を秘めています。

 

ITの進歩により、これまで効率化が求められ、ありとあらゆる無駄が排除されてきました。その結果時間を節約でき、とても便利な世の中が実現したように思えます。

一方で、人々は心から幸せか…と尋ねられると疑問が残るのも事実

 

便利さや効率性だけが追求されて、なんだか人間同士の根本的なコミュニケーションだったり、手間というのがみるみるうちに無くなってしまったのです。

その結果、こんなにすぐに人と繋がれる時代になったのに、一人一人が大きな孤独を抱えています。SNSが日本でこんなにも受け入れられているのは、この反動のせいもあるのかなぁとも個人的に思っています。

 

 

まとめ

海外のビジネスモデルが良いんだ、追いつかなければ!という風潮がありますが、私は日本のこういう手間をかけたり良い意味で無駄のある文化(それは物もだし、日本語という言葉にも当てはまります)ってとても美しくて、人と人の心のつながりを強める大きな力を持っていると思います。

だから、これからは人の繋がりに飢えてしまった現代人に癒しを与えるためにITの力を助けを借りつつ、物質的にも精神的にもより豊かな社会になってほしいものです。

 

今回の記事は、これまで様々な有名企業でITの歴史を作り上げてきたとも言える尾原和啓さんの著書『ITビジネスの原理』の内容を踏まえて日本におけるインターネットとコミュニケーションの関係、これからの社会について考えてみました。

本書では、ITの歴史やITが人々にどんな影響を与えてきたのか…などを尾原さん自身の見解も交えてわかりやすく紹介しています。今の時代ITは切っても切り離せない存在となっているので、これから日本で新しくモノづくりをしようと思っている人には是非一度読んで欲しい一冊です。

 

 

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mayu

自分らしく生きることをモットーに。

デンマークへの一年の交換留学を経験。絵を描いたり、デザインしたり、文章を書いたり、何かを一から創り上げたり、表現するのが好き。趣味で絵やデザインの仕事をちらほら。